「Find job! Startup」のmixiを退職して起業しました

2015年 5月 28日

アイキャッチ

mixiを退職したのは1年近く前のことである。
mixiを辞めて9ヶ月ニート生活を送った後、代表取締役編集長として出版ベンチャー「株式会社ZINE」を設立した。

前回の退職エントリは2年前に書いている。あの頃から相変わらず編集業を続けている。編集者は文筆業にたずさわっているくせに、ほとんど退職ブログ書いてないんである。ドーテイ汁男優もはなはだしいのだが、だったら自分が書く、というわけである。長文です。

ミクシィ初の編集者になった

(たぶん)mixiではじめての編集者になった。正確に言うとmixiニュースというニュース系の部署はあるのだけれども、配信されてくるニュースをまとめたりするのが仕事で、雑誌編集なんかとはちょっと違うらしい。

技術評論社からmixiに入ってオウンドメディアを立ち上げた。

Find job! Startupを立ち上げた

Find job! Startupというオウンドメディアを立ち上げた。世の中はまだオウンドメディア黎明期(時代背景的には前年にバズ部がバズり、今では月刊400万PVにまで成長したLIGが150万PVくらいだったように思う)だった。
mixiでのミッションは、編集者がいない環境で編集部の体制をゼロから作り上げること。雑誌編集部で学んだ手法がWebで活きる!と鼻息を荒くしていた。

編集会議をつくった

まずは編集会議の仕組みをつくった。
新卒で出版社に入るとここの感覚がマヒしてしまうのだが、Web企業に勤めている人は「どうやって編集会議を開けば良いのかわからない」というのが悩みなのだなあ、と知った。
mixiにジョインして2週間でメディアローンチしたので予備稿がなく大変だったが、毎日1本ずつ、良質な記事を出すための仕組みをつくった。

Webを見出し(H2〜H4)ベースでちゃんとする文化を作った

ここは紙の編集者が得意とするところだと思うのだけれども、Webだと軽視されがちな見出し(H2〜H4)をちゃんとする文化をつくった。
——あなたは本を読むとき、目次にどれだけ時間をかけて読んでいるだろうか。実用書ならば、最低5分は読んでほしい。大事なことは目次にすべて書かれている。編集者がちゃんと仕事をしている本ならば、目次を読んだだけで本文の内容は8割伝わってしまうようになっておるのだ。
Webもそうすべきで、H2〜H4の見出しを読んだだけで意味が伝わるのが望ましい。さらに粒度がそろっていたり、体言で終わるのか用言で終わるのか、みたいなところまで統一されていると脳は「美しい」と感じる。こういう無意識に「美しい」「読みやすい」と感じるものを根付かせるのもぼくの役割だった。

アイキャッチとかがんばった

高校生の頃からAdobeと仲良しである。高校2年の頃から現金収入を得るため、Photoshopでアイコラを作り同級生から1写真100円もらったりして生計を立てていた。就職してからは編集とはいえデザイナーがやるようなものもけっこう担当したり、InDesignを使ってミニコミの組版なんかもしていたので、mixiでアイキャッチを作りまくるのは自然な流れだった。

Find job startup eyecatch

いろんなアイキャッチ画像を作った。ちなみにFind job! Startupでは有料の写真サイトを一切利用していない。2012年ごろ、Find job! Startup風のアイキャッチみたいなものが一時期めちゃくちゃ増えた時期があって、作っている側としては真似されてうれしかったりした

620 niteru Alternate psd format

当時個人的に使っていたaiファイルやPSDファイルなどをGitHubに公開しておくので自由に使って良いです。モリサワとか入れてカーニングちゃんとすると見栄えはいくらでもよくなると思う。

拡散とかがんばった

いい記事を作ったら読まれるわけじゃない。Find job! Startupではこのあたりの拡散をわりとがんばった。

その結果、どんな成果を挙げたか。

7ヶ月ではてブを35,629個取った

7ヶ月ではてブを35,629個取った。仕事で書いたエントリが、2013年の獲得はてブ数第1位になった、としてはてなニュースにも取り上げられた。個人の獲得総成績としても3万5千はてブというのは1位なのではないかと思う。けっこうがんばった。

何も知らなかったし、炎上もした。失敗もした

成功したこともあった一方、大変だったこと、失敗したことも数多くある。mixiに入ってぼくはかなり苦労した。出版社時代よりも日々勉強することが多かったんだよなあ。

PDCAを知らなかった

紙の月刊誌は早くて2ヶ月、隔月刊誌ともなれば4ヶ月に1度くらいのペースで企画が回るのが常である。読者の声が手元に届き、誌面に反映させる頃には季節が変わっている。そんな環境にPDCA(plan-do-check-act cycle、チェックと改善を繰り返すことで品質を高めていく仕組みのこと)なんてものは存在しない。意識の低いマンであったのでmixiに入るまでPDCAを知らなかった。
今では編集者が毎週、毎日のペースでPDCAを回す環境を作っている。数値も見れる編集者は強い。グロースハッカーならぬ、グロースエディターである。

KPIという言葉を知らなかった

PDCA知らないもんだからKPIも知らない。最初の定例ミーティングで「KPIを何にすべきか」みたいなことを言われてチンプンカンプンすぎて目から火花出たことは今でもくっきり覚えてる。
(その時にはミーティング中に思わず手元PCで “KPI” とググったものの、”KPIとは重要業績評価指標” みたいなワケわからん一文が出てきて脳ミソが完全に沈黙した)

そんなぼくも今ではKPIを追う毎日である。日々勉強することだらけだ。

炎上した

良いことばかりではない。めちゃくちゃ炎上したこともあった。

この記事は自分への戒めとして置いておくのだけれども、唯一めちゃくちゃ炎上した。
エンジニアの中で踏み込んじゃいけない領域はいくつかあるのだけれども(たとえばぼく自身が編集作業などの際に使うのがEmacs派だからといってEmacs実践入門をベタベタに褒めたりなど)、ライセンスは一番生半可な気持ちで出してはいけない企画だった。

正直、この企画を進めるには時間が足りず、かといって毎日1本の記事を出すのが義務づけられており、識者の方への確認もおろそかになってしまっていた。
結果、大炎上。
この記事のブコメでは誤りを拡散しないために元記事のスクリーンショットを撮ったうえで記事を残した対応を評価する向きもあるが、とはいえ毎日の単位で記事を出さねばならないWeb編集者としてやってはならぬことをしたと思ったし、反省している。
余談だけれども、最近ではdocomoが動画消して炎上したけど消すのって絶対良くないよね。

KPI達成がしんどかった

先にも書いたが、KPIはしんどかった。Find job! Startupがなぜ短期間で成功できたか?というと、間違いなくKPI達成が厳しかったからである。詳細は個別に肉をおごるなどして聞いてほしいのだけれども、各種KPIがめちゃくちゃ厳格であった。

病気がちになってしまった

体調を崩してしまうことが多かった。厳しいKPIを達成するため、月の平均勤務時間は360時間を超えることもあったのだけれども、12月ごろには完全に体調を崩してしまっていた。新卒で入った出版社時代から通算してもこれほど働いたことはない。
ただ、体調を崩してしまったのが仕事の忙しさ、ということではなくて病は気から、精神面に激しく依存していたような気がする。当時のmixiは編集者を雇うのが初めてだったため(?)裁量労働制という制度自体がなく(?)、2013年5月から、残業代込み、手取りで38〜47万円近くの報酬をもらっていた。しかしあまりにも働き過ぎて残業・深夜残業代が高くなってしまった結果(?)、途中で労働契約が変更になってしまった。徹夜明けで頭がモーローとしていた時でよくわからずハンコを付いてしまったのだけれども、残業代のない勤務体系となった。
来年度の税金が爆上がりしてしまう関係で、年末調整を前に総支給額を調整すべく給料の返還が行われた結果、手取りは一気に22万円に減少した。47万→22万。この減額は痛い。「360時間働いてるのに22マンエン……」という時給611円のゲンジツに直面し、僕は急速に労働意欲が薄れていくのを感じていた。22マンはきつかったマン

病は気から、とはよくいったものだ。その状態で3ヶ月ほど働いたが、12月には完全に体調を崩してしまったのだった。上司の方からは健康のため、ジムに行くことを勧められたが、22万じゃジム通いは厳しい(と思う)し、ますます病気がちになってしまった。要は環境に甘えてしまったのだ。

残業代なんかいらない。やりがいがほしい

とはいえ裁量労働制が悪い、ということではない。新卒以来、残業代に無縁だった人生である。好きなことを好きなだけやれるのは天職だと思っている。Find job! Startupのように打てば響くメディアを立ち上げたのならなおさらだ。
しかしぼくは調子に乗ってしまっていた。一時でも支払われていた給与が邪魔をして、手取りが一気に減額になってしまったことで労働意欲を喪失しまっていたのだ。カネのモージャだ。
そもそもお金の優先順位が高ければ以前の退職エントリにも書いたけれども、ソフトバンクに就職していたハズなのに。一時停止したぼくはもう一度アツくなるものを探していたのかもしれない。

編集者がいないWebメディアは厳しい

2013年の12月、Find job!Startupをはじめて7ヶ月、ぼくは完全に体調を崩してしまったのだが、Find job! Startupも同じ頃に休止してしまった。

一緒にFind job! Statupをつくっていた同僚が2人とも起業したり独立したりして、システムを残す前にぼくも体調を崩してしまった。

mixiの中に編集組織をシステム化して残すという目標はついぞ叶わなかった。これは大変な後悔である。雑誌出身の編集者を採用して属人的ではない編集組織を作ることがぼくのミッションだったのに、編集者はついぞ1人も採用することができなかった。Find job! Startupくらいの規模であればスケールさせられたと思うんだけれどもうまくいかなかった。

2013年、2014年、いくつものメディアが立ち上がった。
1年も経たずにつぶれてしまったメディア、失速してしまったメディア、いくつもあるが
この頃からひとつの疑問が沸いてきた。ちゃんとした編集者がいないWebメディアは存続が難しいのではないか、ということなのである。このしこりが9ヶ月間ほどくすぶって起業へとつながった。

何のために働くのか

時は戻るが、mixiを辞める前、何のために働くのか、ぼくはわからなくなっていた。
死ぬまで編集しつづけたい——そう思い手探りで出版業界に飛び込んだのはもう6年近くも前のことだけれども、お金のために働くんじゃない!と強く信じ続けていた。

人は結局、お金のために働くのか?

お金なんか興味ないと思っていた。 それが時給611円になった途端、労働意欲を失った? フザけている(——新卒で出版社に飛び込んだころはもっと低賃金だったじゃないか)。

新卒で入った会社では、午前10時に始業。翌日午前3時くらいまで働いて、当時の上司(今でも尊敬している編集者の一人だ)に連れられ、六本木のスナックに行く、そこから7時ごろまで飲んで8時ごろ帰宅、風呂に1時間入ってウトウト(これで体の疲れはだいたい取れる)。20分だけベッドで寝て(これで頭はわりとシャッキリする)から出社。10時に始業。——という毎日だったじゃないか。当時の手取りが22万円、一番長く働いた時でも320時間。時給687円。微々たる違いである。

ソフトバンクではなくて出版の道を選んだのはカネ以外の道を歩む覚悟があったから、なんじゃないか。

正社員向いてない

この頃には自分が完全にわからなくなっていた。少なくとも言えるのは、正社員、向いてなさそうだな、ということだった。奇しくも2013年度獲得ブックマーク第1位になったことでいろんな人からお誘いを受けていた。まあ、なんとなるか。そう思ってニートになった。

ミクシィを辞めてニートになった

結局、mixiは2014年の7月に退職した。しばらく休むことにした。

フリーの編集者はサイコー

営業はやらなかった。あとフリーになったことも誰にも伝えなかった。はてブ数1位になったブログを1本書いたくらいだ。ただ、このブログがきっかけになり、Facebook経由でたくさんの人にお声がけいただいたりした。ブログってすごい。

いくつかの企業ブログのライティングや編集をさせてもらったりした。

ライターに比べて編集者の仕事はわかりにくい

それでも結局、フリーランスになって無営業で回ってくるのはライティング(ライターとしての仕事)だけなんである。ニート時代、分量的には ライティング>>>>>編集 くらいの量だった。「編集者」が何をしているのか、どういうパフォーマンスを発揮するのか、編集者をアサインすることで数値がどう改善するのか一般の人にとってわかりづらいことが大きな原因である。

まあ仕方ないよなあ。

フリーの編集者は食えない

しばらくフリーの編集者(実際のところ、1週間168時間のうち140時間くらいはベッドの上にいたのでニートである)を続けていて思ったことは、「これは長く続けていても食えない」ということである。

もちろんコミュ力に長けた人は食える。しかし、こちとら『ボッチライフ』とかいうミニコミ誌をほそぼそと出し続けている身分でさらに言っとくとニートだ。個人事業主としてちゃんと活動を始めればそこそこの期間は食えるかもしれないがそのうちきっと詰んでしまう。
Facebook経由で仕事をくれる人たちのほとんどは38歳くらいまで。オウンドメディア、出版社、どれも若手が活躍する現場であるから仕方がない。ニートになってすぐにこの事実にぼくは危機感を抱いた。

年下からは仕事が回ってこない

——これはぼくがWEB+DB PRESSを作っていた頃の感想なのだけれども、やはり年上にダメ出しはしづらいものだ。40歳のライターさんからどうしようもない原稿があがってきた時に「ここをこうこうこう修正してください」と発注。しかし拒否されることが多かった。ぼくはお願い力、根回し力が低いため、もうダメだ……という気持ちになった。
年上は扱いづらい。
つまり、裏を返せば自分が40歳になった時、ぼくみたいに小生意気な人間からは発注がないということである。

自意識が邪魔をして食えない

あと1回干支が一周すればぼくは40代。初老である。ボッチライフ編集長は営業力もないのでぼくに仕事をくれるのは年下ばかりになるはずである。自意識が邪魔をして頭を下げることもできず、仕事のないぼくは今度こそしずかに息を引き取るしかないのだ。そんなのはいやだよなあ。

フリーの編集者ではとどまっていてはダメで、自分で稼げるポータルを作らなければ、と思うようになった。ほとんど誰にも言ってなかったけれど、このあたりから出版社をつくることを明確に意識し始めるようになった。

平日の昼間からビールを飲んでいる様子がバレる

ところでぼくはニートなので当然のように平日の真っ昼間からビールを飲みます。その日も大分県のサッポロビール工場でうまいビールを飲んでいた。

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Facebookに投稿したところ、ビールを飲んでいる様子が関さんにバレてしまった。

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——関さんとはLivlisをユーザとして使っていたころ、今はSmartNewsでブイブイいわせてる川崎さん経由で知り合ったのだった。

クソニートなのバレてしまった。

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完全にバレている。

日刊キャリアトレックを立ち上げた

関さんに声をかけられたことが転機となって、careertrekという転職サービスにちょっと関わることになった。

careertrek – レコメンド型転職サイト


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これのオウンドメディアで日刊キャリアトレックというものを立ち上げた。

日刊キャリアトレック – 30代で差がつくフカボリ情報マガジン


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プレスリリースも出たりした。
「日刊キャリアトレック」が創刊1カ月半で30万PVを突破|プレスリリース配信サービス【@Press:アットプレス】

今は、ゆいむんとエイミーという2人の編集を育ててつつ、メディアを成長させていく役目を任されている。今度は失敗しないぞ。

2人とも、それぞれ本日付けで退職エントリ公開しているのでぜひご覧ください。

それでもやっぱり編集しつづけたい

Find job! Startupはスタートアップの方々にとっての『学習の高速道路』(ウメダモチオさんも言ってる)を目指して立ち上がったものだった。
日本人の識字率は99%を超えるし、本とか雑誌とかWebメディアは昔から人に影響を与え続けていた。ぼくだってそうだ。本に人生を変えられた経験は何度だってある。
メディアが、編集力が人の人生を変えるものならば、ぼくの時給なんてちっぽけなものだ。
いろいろあったけれどもそれでも死ぬまで編集しつづけたい。9ヶ月間ニートを続けて出た答えがこれだった。

起業して出版ベンチャー「株式会社ZINE」をつくった

そんなこんなでいろいろ考えて2015年4月1日、出版ベンチャー「株式会社ZINE」を設立した。(まだ1記事しかないし、表示崩れてるところとかたくさんある。あとクラウドワークス経由でつくったのでCSSたたき直さないといけないところ多い……)

2015年のいま、出版ベンチャーの存在意義とは

Find job! Startupをやっていた人間だから(?)、起業ジャンルはウェッブベンチャーを想像した方もいたかもしれないが、2015年のいま、あえての出版ベンチャーである。
Oculus RiftがはやってるからといってAR(仮想現実)をやったり、IoTだ、なんでもWebだ、なんて発想は毛頭ない。内角低め、ストライクゾーンすれすれに意識の低い起業である。

ぼくたちはゼロから何か革新的な商品を生み出したりはできない。1しかないものを100にしたりも、たぶんできない。
しかし解決したい課題はなぜか山ほどある。当面は日本に存在するWebメディアをよりよくしていくことと、エンジニア、とりわけSE(システムエンジニア)の待遇を改善することを進めていきたい。メディアが貢献できることは多い。

メディアをより良く

ひとまずはここを中心に取り組んでいくのだけれども、各社いろんなWebメディアにZINEの編集長を送り込もうと思っている。まだ起業2ヶ月目だけれども水面下にその動きを広げつつある。ぼくたちの可処分時間はそう長くない。長くないからこそ、ぼくはぼくが本当に読みたいものだけを読みたい。日本のオウンドメディアの質をより良くしていくことが当面のミッションである。

いずれ本とかコンテンツまわりとかやりたい

しばらくはキャッシュフローを回したい。
ただ、いずれはコンテンツまわりをやりたい。
よくあるナンチャッテ出版社ではなく、きちんとキャッシュフローを回して取次口座を取得したい。そして版元になりたい。

Webと紙、ハイブリッド時代の出版ベンチャー

紙だけでは儲からん時代である。そのためにつぶれた出版社など山ほどある。
普段はWebメディアを運営していて、ここぞ!という企画は紙で出せるような、そんな体制を整えたい。さらにメディアを軸に業務を多角化していきたい。イメージとしては不動産収入の多い新潮社とか講談社に近いです。

代表取締役編集長、仁田坂淳史です

個人的なハナシをする。
代表取締役編集長、を名乗ることにした。英語でいうとCEO。社長職を誰かに譲った後にはCEdO(代表取締まられ役編集長)とか名乗ってもいいかなと思っている。

ルーシュとかニタサカアツシから仁田坂淳史になった理由

起業にともない、本名を名乗ることにした。

2007年に@ruushuでTwitterを始め、本名のアカウントも2009年に作った。
それで垢バレ防止のために使い続けていた名前が「ニタサカアツシ」だった。いままで本名を出すシチュエーションでは ニタサカアツシ とカナで書いたりしていたのだが、こじらせエディターな感じがしてたいへん香ばしいし、面識のある人にも「ニシタカさん」「イササカさん」「イタサカさん」などなど間違いが多発していたため本名を名乗ることにした。あと新卒の会社でも入社して4ヶ月くらいで垢バレしたりしていたので結局垢バレ防止とか意味なかった。

おれは社長に向いてない

かくして4月1日に代表取締役編集長・仁田坂淳史となったぼくだけれども、ほかの起業家と違うところがある。

「社長、向いてねえ……」

という自覚である。
第一に経営を学んでない(今勉強中だ)。
第二に人に会うのがおっくうだ(仕事と思えば会えるけれども、人に会ってエネルギーを吸収できるタイプではない)。

幸運なことに、WEB+DB PRESSでは多数のスーパーエンジニア・社長エンジニアにお会いすることができた。Find job! Startupでもカヤックを上場まで導いたVCの高宮さんや、けんすうさんなど、スタートアップについてトガりすぎるほどトガっている人たちに会う機会が多かった。

株式会社ZINEも、いちおうはまがいなりにも何かしらのExit(上場なり事業売却)の方向性を考えている。そういうことを考えた際、ぼくよりも社長として向いている人はナンボほどもいるのだ。

「社長」であることにこだわらないため、ぼくは代表取締役編集長を名乗ることにしたし、会社を成長させるため、必要がある時には喜んで身を引く覚悟である。もはやそこにぼくの自意識はない。それまでは必死でもがきたい。

それでも運はいい。なぜならヤリマンだから

社長には向いていないのだけれども、会社をつくりはじめてから、一つ感じていることがある。なんとなく自分は運がいいのではないか、ということだ。
人に積極的に会うタイプではないのに、いい人に会える確率が不思議と高いし、人が人を呼んできてくれるのだ。ありがたい限りだ。

数ヶ月間疑問だったのだけれども、最近判明した。弁護士ドットコムの岡本くん曰く、ぼくは男版のヤリマンらしい。ヤリチンではない。曰く、「どんな人とでも選り好みせずに付き合い、どんな人でも(会話で)気持ちよくさせるものを持ってるから」らしい。……たしかに自分自身そうだと思うところがある。これはジマンになってしまうしまうのだけれども、元来人と会うのが苦手な性格も、仕事と割り切ればどんな人とでも話すのが楽しいし、どんな著者でも能力を引き出す自信がある。猫かぶるのうまいし、話を合わせるのもうまい(ように思う)。
これでは確かにヤリマンである。ヤリマンばんざいすぎる。

これから今以上に何度も挫折することがあるだろうけれどもヤリマン力活かして運を味方に付けていきたいです。

優秀な親友を会社に誘えない

ヤリマン力を活かしていろんな人と知り合ってきた。しかし、実際の採用となるとそれは別の話。

会社を作る前にはいくらボッチとか言っても友達を誘えば会社のメンバーくらいすぐ集まるやろ、くらいに考えてた。3年前にものづくり系シェアハウス・渋谷モクモクハブを作った時に考えていたことも同じで、将来的に会社つくった時にいろんなクリエイターとつながれるのトクだな〜、くらい簡単に考えてた。実際に始めるとまったく違う。
人材採用のむずかしさに直面している。

まだぼくらのZINEは「優秀な人を採用する」とかいうフェイズでもなくて、「とにかく人を採用する」フェイズだ。

もちろん、ぼくの周りにも優秀な人たちが何人もいる。しかし、軽々しく優秀な親友たちを誘えないのである。彼ら・彼女らの家庭、恋人、伴侶を知っていればなおのこと誘いづらい。彼らの家庭を支えるのはぼくで、ぼくがちょっとでもつまづけば、彼らの家庭は崩壊してしまうのである。もちろん成長させるつもりで会社を興したし、軽々しくつぶす気は毛頭ない、でも、それでも、なのである。確率論の前にぼくらはあまりにも無力で儚い。

人を採用するのが難しい

この「人を食わせないといけない」みたいなものの裏返しなのだけれども、そういうものをエイヤッと飛び越えてぼくが声をかけた人はたぶん成功するのになあ、という思いもある。
ZINEはWebベンチャーの括りでは成功するかわからないけれども、メディア企業としてはイッパシのナニモノカになれるのではないかという自負がある。だから来ればいいのになあ、みたいに思う。おもしろいものを作っていきましょう。

編集者の業界構造が著しく変わりつつある

会社を設立し、ひとまず日刊キャリアトレックというメディアを無事立ち上げ、2年ぶりにPVとはてブといいねの世界に戻ってきた。ただいま。

ネットはまだまだ編集力に飢えている

メディアの世界に戻ってきて、他メディアの編集長と情報交換しながら思うのは、昔よりも確実にWeb業界は編集者を欲している、ということなのだ。

週間アスキーが紙媒体をやめるというニュースは記憶に新しい。こういう紙出身のガチ企画の人たち(多くはPDCAとかKPIとかいう言葉を知らないと思うし、アジャイルなどチームビルディングの手法を知らない)が、知識を付ければ、いまWebメディア、オウンドメディアにいる編集者はたちまち吹き飛んでしまうと思うのだ。

ぼくら過渡期の人間は用心せねばならないし、おじさん編集者に勝てる術を身につけなければならない。ZINEとはそういう企業だ。

ネットにはまだまだすごい編集者が出きっていない

ネットのコンテンツはまだまだ未開の地だ。見出しも、タイトルも、もっとおもしろくできる。できるし、届けられる人にもっと届くようにできる。すごい編集者を世界は求めていると思う。

株式会社ZINEでも人材募集中です。

最近考えていること

編集者とはいえ、代表取締役である以上、会社運営をやっていかねばならない。
しかし会社設立周りは面倒でわからないことだらけだ。
株式会社ZINE(http://zineinc.co.jp/)はコーポレートサイトというだけでなく、メインコンテンツ自体は、「株式会社(の運営を考えるWebマガ)ZINE」というダブルミーニングでもあります。
オウンドメディアわからないとか、そういうモヤモヤを解消するオウンドメディアにしたいと思ってます。

オフィスどうしよう問題

オフィスがないの、つらい。ないわけじゃないけど朝霞市の佐藤の持ち家(マンション)にあって、新婚が暮らす普通のご自宅なので、部屋で仕事させてもらうわけにもいかない。
空いてるガレージとか空きアパートの一室など借りられると一番うれしいのだけれども、何か空き部屋お持ちの方いらっしゃいましたらご連絡ください

あと恒例のほしいものリストです
ほしいものリスト

まとめ

Find job! Startupを直訳すると “職を見つけろ!スタートアップ” であるがその通りになってしまった。28歳で起業して5年間はガムシャラにがんばりつづけると思う。でもその結果32歳で無職になるかもしれない。その時は再就職だなあ。

これから株式会社ZINEともどもよろしくお願いいたします。


2015年 5月 28日 by ニタサカアツシ
Categories: 編集

 

 

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