Chromeは、勢い余って消し飛ばすくらいがちょうどいい
2019年 5月 07日
どことなく紙風船のような気持ちで1日を過ごした。
街が宙に浮いたまま戻ってこないのか、それともぼくの勘が戻っていないのか。
ゴールデンウィークは偉大なバッファ。
仕事がどれだけ詰まっていてもなんとかなるようになる、気がしてしまう。
もうこれが何周目なんだかわからないけれど、休みの前には「あれをやろう」「これをやろう」と考えていたことがたくさんあった。
デスクトップにはファイルをずらりと並べた。
Chromeのタブも100枚くらい開いた。
読まなきゃいけない記事、やらなきゃいけない細かいタスクを全部やっつけてしまいたい。この機会に。……と、思って10日間が過ぎてしまった。8割のタブは休みが明けた今も手着かずのままだ。
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でもこの偉大なバッファをつかって、普段できない「考える仕事」ができたし、しずかな満足感がある。こういう価値ある時間を積み重ねなければいけない、とも思う。ぼくらに残された時間は少ない。はるかに人生の半分を過ぎてしまったのだと思う。なぞの、しかし確実に重量をもってのしかかってくるほどの焦りがある。
普段やっている仕事。ぼくの取るに足らない仕事は、デスクトップに並んだ無数の一時ファイルやChromeのタブ100枚くらいの仕事なのかもしれない。
その中で本当にやるべき仕事は2割くらいのものだろう。
短い人生の中で人間が本質的に注力すべき仕事は何か。誰かに話したりブログに整理したりすることでしっかりまとまる、ということはあるように思う。
結局デスクトップに並んだファイルや、タブの数々は意味がないことだったのかもしれない。このタブがいっさいがっさい、キレイになくなるのは、1ヶ月に一度くらい。Chromeがクラッシュする時に勝手に仕事が「なかったこと化」されるのである。左のほうに置いてあったタブはもうどこかに消えてしまったので、思い出すこともできない。
さっきこそ、開きすぎたタブは、
Chromeクラッシュ → 復元しますか? → 勢いで「はい」押し損ねる
こういった一連のよどみない運指によってどこかにいってしまった。
フワフワ浮いたタスクがもう跡形もない。インターネットの空間に漂ってもいなければ、記憶もしていない。Todoistにもメモしていなければ、ましてやAsanaでチームに共有したりするわけがない。
気付けば新元号になっていた。
ぼくたちは。ぼくは、令和に何をやるのか。
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